銀河鉄道高速バス2015

 

銀河鉄道高速バス

 

 

 夢の中にいることに…気づくときがある。まさに今がそうだ。

 仕事の帰り道、駅前のターミナル付近をとぼとぼと歩いている。もうあたりは夕闇。雪が少し積もっている。人通りの少ない寂しい駅前ではあるが、新駅舎の照明はとても明るい。ここが夢の世界なら、空を飛ぶことができるだろうと…ためしにふわっと軽くジャンプしてみる。思ったとおりだ。身体は宙に舞う。粉雪が降り続くなかを飛行している。手を大きく拡げてゆったりと漂う感じだ。気持ちがいい。かなりゆっくりとした低空飛行だ。それでも眼下には、少し遠くのほうにオレンジ色に光る駅のホームがみえる。ちょっとまぶしいくらいだ。しばらく漂ってから、徐々に降下して、そして一度宙返りしてから最初のターミナル広場にふんわりと降り立った。もちろん衝撃などはない。それから新雪の上を意識して足跡をつけながら歩き出した。そういえば、右手に何かを握っている。みると、チケットが一枚。いつ、だれから…そう、ここは夢の中。不思議ではない…そんな感覚た。チケットは、全体が紺色で無数の銀河が描かれていた。中心に近づくほど赤紫を帯びて白く輝いている。星雲は渦を巻いて、ゆっくりと動いている…ようにも見える。コンサートなどの半券付きのチケットみたいで高級感があった。これは大切なチケット。なくしてはならない…と直感した。バス乗り場まできた。立ち止まり、チケットの星雲を見つめていた。魅入っていた。ふと、視線を上げると…一台の大型バスが目の前に止まっていた。高速バスだ。これに乗っても、私の住む町の駅前まで帰れると思った。それにしても真新しいアイボリー色の高級大型車だ。中央に紺色のストライプ。おしゃれで落ち着いたデザイン。ボディ側面には、なにやら大きな横文字。おそらくバスの社名であろう。しかし関心はないので、よく見なかった。というもの私は新幹線通勤だからだ。バスはどうでもよいことなのだ。…とはいえ…バスを待っている人は、他に誰もいない。私ひとり。なのに、さっきから、目の前で音もなく止まっている。私のために到着したかのようだ…どっしりと構えている。…「たまには、バスもいいかなぁ」と…そう思った瞬間だった。

 場面は、一瞬で…暗転して、いつの間に…リクライニングシートに座り、右側の窓から…すれ違う車のライトを、ぼんやりとながめていた。そう、高速道路を走るバスの中にいたのだ。でも、乗車した際の記憶がない。その部分の夢は消されているのか…覚えていないのか。いずれにしても、バスに乗ってから…時間がだいぶ経過しているように感じられた。車内は薄暗く、照明はついていない。寝ている人もいるようだ。かすかに寝息が聞こえる。もう、そんな時間なのだろう。中央付近の右窓側の席に座っているのだが、車内を見渡すと人影は数えるほどしかない。……とても静かだ。それからしばらくは窓から夜を眺めていた。対向車のライト、ときどき遠くの人家の明かり。あとは暗闇だ。ふと、思い出したように右手をみた。しっかりと握っていた。「もしかして、これは、このバスのチケットだろうか?…いったいどこで降りればいいのだろう…」ちょっと心配になった。運転手に確認してみようと思い、立ち上がり…通路に出た。思ったよりも狭い。左右座席の肘掛けに少し触れながら、ゆっくりと前のほうへ進んだ。もうすぐ運転席なのに…少し手前で…障害物。左右の座席をまたぐように、長い脚が通路を塞いでいた。背の高い大男が寝ていたのだ。起こすわけにもいかないので、身をかがめて、その下を…ようやくくぐり抜けた。運転席は大きなフロントガラスで…ガードレールの灯りが届くので、いくぶん明るかった。運転席に近づき、「すみませんが…」と声をかけ…恐るおそるチケットを差し出した。運転手は、ハンドルの真ん中の赤いボタンを押してから手を離して…それから、私のほうへカラダの向きを変えた。運転は自動操縦に切り替わったようだ。まずはチケットを確認して、そのあと、半券を切り取って私に返してくれた。運転手は白い手袋をはめていた。そして…これは次の停留所までのチケットであること。もうじき到着することを教えてくれた。といっても話してくれたわけではない。そう感じさせてくれた。運転手の顔は、ほとんど暗くてみえない。…というより、わからない。黒いモヤのような…けむりのようなもので包まれていて…そう、顔の輪郭が…はっきりしないのだ。帽子をかぶり、眼のあたりが白く輝いている。999の車掌さんみたいだ。とりあえず、お礼を言おう…とした。

 そのときだった。すぐうしろから私の名を呼ぶ声がした。そして間髪入れず、「いやぁ、久しぶりだねぇ!」と…。ふりかえると、そこに「葉山さん?」がいる! 最前列席の左手(通路側)に座っていて、こちらに身を乗り出してきた。あの見覚えのある…紺のジャケット、グレーのズボン、そして、黒のショルダーバッグ。私は…ちょっと興奮した。それから気を鎮め、落ち着いてあたりを見渡した。葉山さんの隣(窓側席)の老紳士が…私に会釈をしてくれた。…見知らぬ人だったが、上品な雰囲気だった。おそらく、一緒に旅を楽しんでいる友人なのであろう…。私は、差し出された手を握りしめ、せきをきったように…「葉山さん!」と叫んでしまった。懐かしい…その思いが一気に溢れだした。それにしても、いつ見ても素敵な笑顔だ。間違いない!葉山さんだ。昔、会社でお世話になった、あの葉山さんだった。隣の部署の課長さんだったが、よくお酒を誘ってくれた。定年退職の…送別会では、何件もハシゴをした。でも、あれから20年くらいは経っただろうか…。今では年賀状の挨拶くらいだ。…その葉山さんが、今…目の前にいた。そしてさらに「本当に懐かしいねぇ。これから飲もぅ!」と…あの甘い声で、誘うのでした。断る理由など…、もちろんありません。そのあと葉山さんは、運転手さんに…身振り手振りで、なにやら伝えていた。

ふたりは次の停留所で降りた。私の住む町の駅前だった。雪がしんしんと降っていた…木造の繁華街は銀世界だ。古めかしい街灯が…青白くひかっている。ここは、まるで昭和40年頃のようだった。葉山さんの指さすほうに…宿屋はすぐに見つかった。夜も遅いのでここで飲み明かそうというのだ。宿屋につくと、すでに部屋が…用意されていた。月見障子のある古めかしい和室た。一風呂浴びた記憶はないのだが、そんな浴衣姿の湯上り気分になっていた。さっそく、こたつで…飲み始めた。もちろん、日本酒…熱燗だ。意識がほんわか…酔ってきた。そして、昔とおんなじ。葉山さんの優しい説教がはじまった。「もっと素直に、自分に正直に生きればいいんだ」…確か、そんなことを幾度となく熱く語ってくれた。穏やかだが眼は真剣だ。私は、いつの間にか…ごろっと横になって…寝てしまった。

 ハッとして、目を覚ますと、あたりは暗闇。…静寂。外からの…街灯のあかりと…目も慣れてきて徐々に部屋の中が見えてきた。「葉山さんがいない!」あちこち探したが…どこにも…いない。ショルダーバッグもない。そうだ、夢の世界にいることを…思い出した…そうか…夢ならなるようにしかならないと…開き直り、そばに敷いてあった布団に入った。…目をつぶった。そのときだった…遠くでバスの走り去る音を…かすかに…しかし、はっきりと……。それから、月に向かって駆けていく高速バスを…夢の中の夢ではっきりと見たのでした。

 

 

(おしまい)